我が国では弁護士強制主義はとられていませんので、通常の場合、弁護士費用を損害として加害者に請求することができません。しかし、訴訟提起は、通常、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることはできませんので、交通事故の被害者が、加害者に対して損害賠償請求する場合には、事件の難易、請求額、認容された額やその他諸般の事情をしんしゃくして、相当と認められる額の範囲内のものに限り認められています。概ね損害として認められる弁護士費用は認容額の10%程度です。
認容額の10%が弁護士費用相当の損害と認められるのであれば、訴訟の場合に交通事故の加害者への請求額が大きくなればなるほど、被害者としては金額だけを見れば得であるとも言えそうです。しかし、交通事故の加害者が自動車の場合には、訴訟提起前に被害者は自賠責保険金で一定額を回収することが可能ですので、回収できる自賠責保険を回収しないまま訴訟を提起して、認容額1割として弁護士費用相当の損害が認められるのかが問題になります。
1 例
例えば、追突事故で総損害額が1000万円であるが、自賠責保険から300万円を回収することができるような場合です。訴訟で1000万円の請求額が認容されて、弁護士費用相当の損害として100万円認められるのか、それとも、自賠責保険の300万円は訴訟によらずに回収できるのだから自賠責保険を控除した700万円を基準として70万円が弁護士費用相当の損害と認められるのかということです。
2 自賠責相当額を差し引くべきという考え
自賠責保険金で回収できる損害については、弁護士費用を加害者側に加担させるのは公平ではないため、弁護士費用を算定するにあたって、自賠責相当額を差し引くべきだという考えがあります。
裁判例では、明示的に自賠責相当分を差し引くべきとしたものは見つかりませんでしたが、自賠責相当額をそのまま差し引くのではなく、弁護士費用相当額を10%より減額して認定している傾向があると思われます。
3 肯定する裁判例
(1) 東京地裁平成26年7月16日判決(平成24年(ワ)35944号事件)
東京地裁平成26年7月16日判決の事案は、歩行者と自動車の交通事故で、被害者である歩行者が右足関節内果骨折及び右腓骨々幹部骨折の傷害を受け、右足関節内果骨折後の右足関節の機能障害の後遺障害が残存した事案です。自賠責から後遺障害12級の認定は受けていましたが、自賠責保険金を回収していませんでしたので、加害者側は自賠責保険金の10%に相当する分を控除すべきだと主張しました。
上記東京地裁は、「本件事案の内容,審理の経過等の諸事情を考慮し、弁護士費用のうち64万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である(本件事案の内容に鑑み、原告が被害者請求で支払を受けることができた後遺障害等級表12級の自賠責保険金224万円の約10%に相当する22万円を控除すべきであるとの被告の主張は採用できない。」として、自賠責保険金分の金額相当分を控除しませんでした。
結局、事件の難易、請求額、認容された額やその他諸般の事情をしんしゃくして弁護士費用相当額が決められ、自賠責保険金を先に回収できる場合でも、交通事故の損害が自賠責保険金額を下回るという争いがされることがありますから(自賠責で後遺障害12級が認定されたが、相手方が後遺障害は不存在と主張するようなケースなど)、自賠責相当額を差し引くべきかは事案によるとしか言いようがないのかもしれません。
(弁護士中村友彦)