事故後に咀嚼機能に障害が残った場合(口の後遺障害)

   交通事故で傷害を負った後に残存する可能性がある後遺障害は様々なものがありますが、その中で口に関する後遺障害の一つに、咀嚼機能に障害が残存することがあります。咀嚼とは、食べ物が口に入れた後に、歯で噛んで、細かくすることです。

1 咀嚼機能の後遺障害一覧

  交通事故で咀嚼機能に障害が残存した場合について、自賠責保険では、後遺障害の認定基準を定めています。後遺障害の程度は、上下の噛み合わせ・排列状態等で総合的に判断されます。

等級

後遺障害の内容

後遺障害1級2号

咀嚼及び言語の機能を廃したもの

後遺障害3級2号

咀嚼機能を廃したもの

後遺障害4級2号

咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの

後遺障害6級2号

咀嚼機能に著しい障害を残すもの

後遺障害9級6号

咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの

後遺障害10級3号

咀嚼機能に障害を残すもの

後遺障害12級相当

開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要するもの

(1)咀嚼の機能を廃したもの

 咀嚼の機能を廃したとは、流動食以外は摂取できないものを言います。

(2)咀嚼の機能に著しい障害

 咀嚼の機能に著しい障害とは、粥食又はこれに準ずる程度の飲食物以外は摂取できないものをいいます。

(3)咀嚼の機能に障害

 咀嚼の機能に障害とは、固形物の中に咀嚼ができないものがあること又は咀嚼が十分にできないものがあり、そのことが医学的に確認できる場合をいいます。

①医学的に確認できる場合

 医学的に確認できる場合とは、不正咬合、そしゃく関与筋群の異常、顎関節の障害、開口障害、歯牙損傷(補綴ができない場合)等が存在するので、咀嚼ができないものがあること又は咀嚼が十分にできないものがあることの原因が医学的に確認できる場合をいいます。

②固形物の中に咀嚼ができないものがあること又は咀嚼が十分にできない

   御飯、煮魚、ハム等は咀嚼できるが、たくあん、らっきょう、ピーナッツ等の一定の固さの食物の中に咀嚼ができないものがあること、又は咀嚼が十分にできない場合があることを言います。

(4)開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要する

 開口障害、不正咬合、そしゃく関与筋群の脆弱化等を原因として、咀嚼に相当時間を要することが医学的に確認できることをいいます。そして、咀嚼に相当時間を要するとは、日常の食事において食物の咀嚼はできるものの、食物によっては咀嚼に相当時間を要することがあることです。

①開口障害

 顎運動の障害で、口が開きにくい状態のことです。

②不正咬合

 正常な咬み合せができない状態です。

③そしゃく関与筋群

 側頭筋、咬筋、外側翼突筋、内側翼突筋などの咀嚼に関係する筋肉のことです。

2 咀嚼の機能障害に関する裁判例

 交通事故で咀嚼機能に後遺障害が残存した場合に、労働能力喪失率及び喪失期間が争われる事案が多いです。また、咀嚼機能の障害の程度が後遺障害と評価できるのかという争いもあります。

(1)大阪地裁平成5年5月18日判決(交民26巻3号632頁)

 大阪地裁平成5年5月18日判決は、交通事故の後遺障害として、咀嚼機能の障害があるかについて争われた事案です。労災保険の方では障害等級10級の認定がありました。普通貨物自動車と自転車の事故であり、交通事故の被害者が自賠責保険に対し、保険金請求をしたというものです。

 上記大阪地裁判決は、歯の上下咬合、排列に支障は認められないこと、下顎の開閉運動も開口障害は認められないこと、開口時に雑音、クリック音が認められることはあるが、かかる音のすることが咀嚼機能に支障を及ぼすとは認め難いこと、まれに顎関節痛が生じることがあり、30ミリメートルを超えて開口した時や長時間咀嚼した時に痛みが生ずることが認められるが、通常の食事において30ミリメートルを超えて開口することが必要とは認め難いこと、また、長時間咀嚼した際に生ずる痛みはむしろ長時間の咀嚼訓練が不足していることから生ずるものと認められることなどを総合すると、原告には労働能力に影響をもたらす程度の咀嚼機能に障害が存するとは認め難いとしました。

(2)東京地裁平成17年12月21日判決(交民38巻6号1731頁)

 自賠責保険においては、歯牙の上下咬合や排列状態、下顎の開閉運動などを総合的に評価し、摂取可能な飲食物の制限を余儀なくされるときに咀嚼障害として認められることからすると、「口から物がこぼれる」というにすぎず、特に摂取できる飲食物に制限があるとまでは至っているものではないと認められることから、咀嚼障害として認定することは困難であるとしました。

(3)名古屋地裁平成25年4月19日判決(平24(ワ)1339号)

 名古屋地裁平成25年4月19日判決は、交通事故の被害者が右側下顎頭骨折や正中下顎骨折等を負い、後遺障害逸失利益などが争われた事案です。

 まず、上記名古屋地裁判決は、逸失利益が認められるかについて、交通事故の被害者がパンの製造に使用する風味改良剤等の営業販売に従事しており、風味、食感、口溶け、味等を確認するために、最低でも10回、多いものでは50回以上パンを咀嚼して試食する必要があるとし、下顎骨骨折に伴う咀嚼障害、開口障害により咀嚼に相当時間を要し(12級)、歯牙欠損等により3歯以上に歯科補綴を加えた(14級)後遺障害が残存している(併合12級)のであるから、その職務内容に照らせば,咀嚼に相当時間を要することや3歯以上に歯科補綴を加えたことが何ら労働能力に影響を及ぼさないとは考え難く、現実の減収は生じていないものの、被害者の特段の努力によるものとして後遺障害逸失利益の発生を認めるのが相当としました。

 しかし、後遺障害逸失利益を認めた上で、就労可能年数27年としましたが、労働能力喪失率を7パーセントと自賠責の基準よりも制限しました。

(弁護士中村友彦)

 

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