交通事故では、むち打ち症(外傷性頸部・腰部症候群)が問題となることが多いですが、事故の態様によっては、骨折が生じ、治療期間、後遺障害等様々なことが争点になることがあります。そして、そのような争点の一つとして、特に高齢者の方に多いのが、骨粗鬆症の存在により、骨折と交通事故との因果関係の有無や、素因減額を行うかどうかというものがあります。加害者加入の保険会社から、骨粗鬆症があったのであるから、事故と因果関係がない、治療期間は通常はもっと短かったはずだ、すべてが交通事故によるものではないので素因減額で減額するべきだという旨の主張がされ、争いになることがよくあります。
1 骨粗鬆症
骨粗鬆症とは、骨量が減少して、骨組織の微細構造が変化し、骨が脆くなって骨折しやすくなった病態のことです。日本全体で800万人から1000万人いるとされています。その診断基準は、脆弱性骨折の既往がある症例で骨密度がYAM(young adult mean 20歳から44歳、若年成人平均値)の80%未満であるか、脆弱性骨折がなくてもYAMの70%未満であれば、骨粗鬆症と診断されます。骨粗鬆症の場合、骨折しやすい部位として、①上腕骨近位部②脊椎(椎体の圧迫骨折)③手関節(橈骨)④大腿骨頸部⑤骨盤(仙骨・恥骨・坐骨)があります。
2 素因減額について
保険会社が主張してくるのは素因減額が一番多いと思われますが、骨粗鬆症があったからといって、必ずしも素因減額がされるとは限りません。
(1)素因減額
素因減額とは、被害者の被った損害が交通事故だけでなく、被害者が元々もっていた疾患も原因となって発生したと言える場合に、疾患の態様、程度などに照らして、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平に失する時に、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の疾患を考慮して損害賠償金を減額するというものです。素因減額を行うにあっては前提として骨粗鬆症が「疾患」にあたるかが問題となります。
(2)「疾患」に当たるかは疑問
疾患と評価するには、通常の体質と異なる身体的特徴を超えたものでなければなりません。しかし、骨粗鬆症は、日本全体で800万人から1000万人いると言われ、大変多いですし、一般的に年齢とともに骨密度は減少していきますので、YAMの70%未満であっても、年齢不相当の骨密度とはいえないですから、骨粗鬆症=疾患とすることは疑問とされています。
(3)素因減額の考慮要素
骨粗鬆症を原因とする素因減額の一般的な基準はありませんが、以下の3つの要素が考慮要素とされています。
①事故の態様や衝撃の規模(衝撃が小さいほど素因減額の可能性が高まります)
②事故前の被害者の状況(交通事故より前から症状が発現しておれば、素因減額の可能性が高まります)
③被害者の年齢(若年であれば、素因減額の可能性が高まります)
3 骨粗鬆症に関する裁判例
(1)さいたま地裁平成23年11月18日判決(交民44巻6号1423頁)
さいたま地裁平成11年18日判決は、歩行者と自転車の交通事故で、被害者が左大腿骨頸部骨折の傷害を負った事案で、骨粗鬆症の存在から因果関係や素因減額が争われました。
まず、因果関係については、「原告は、本件事故当時、左大腿骨頚部においても骨密度が低下しており、骨粗鬆症に罹患していたことを優に推認することができる。ただし、原告の罹患した骨粗鬆症は、このために日常生活における外力の程度で骨折を招来するような態様のものではなかったものと認められる」とし、「原告の重篤な左大腿骨頚部骨折の傷害は、①原告の骨粗鬆症の素因と、②本件事故により原告が被告運転の被告車に身体の右側面を突然に衝突されたため、防御の姿勢を取ることができないまま、身体の左側部を地面に強く叩き付けられたことによって左大腿骨頚部に強い外力が加わったことが、ともに原因となって発生したものと推認することができるから、本件事故と原告の左大腿骨頚部骨折の受傷との間に相当因果関係を肯定することができる。」としました。そして、素因減額については「原告の罹患している骨粗鬆症について、本件事故当時35歳の原告の左大腿骨頚部の骨密度が70歳から75歳に匹敵するものであったことを斟酌して、素因減額の対象となる疾患に当たるものとして、過失相殺の規定を類推適用することとする。」「そして、その減額の割合は、以上説示した①被告の加害行為によって原告の左大腿骨頚部に強い外力が加わったために重篤な同部位の骨折が招来されたこと、②原告が罹患した骨粗鬆症という疾患の特質、態様、程度に係る諸事情を総合考慮すれば、原告に生じた損害額(後記の過敏性腸炎による入院によって生じた損害額を除く。)の20パーセントと定めるのが相当である。」としています。
(2)東京地裁平成21年1月14日判決(平成19年(ワ)20811号)
東京地裁平成21年1月14日判決は、歩行者と自動車の交通事故で、右大腿骨内顆骨折や左膝打撲擦過傷の傷害を負い、骨粗鬆症の存在が骨折に寄与しているとして素因減額が争われました。上記東京地裁は、「原告の骨粗鬆症がどの程度のものであるか明らかではない上、原告の年齢や本件事故態様を考慮すると、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するとは言い難い。」として、素因減額を認めませんでした。
(弁護士中村友彦)