交通事故にあうのは、自分が車を運転していた場合に限られません。助手席や後部座席にただ座っていただけのような場合にも交通事故で被害にあうことがあります。このような場合、助手席や後部座席に座っていた人は、通常では、ただ座っていただけですので、過失はなく過失相殺で損害賠償金が減額されることはありません。しかし、無償で同乗させてもらっていたような場合には、好意で運行の利益を得ておきながら損害の全部を追及することは信義に反する、あるいは公平を失するとの価値判断から減額するべきということが言われることがあります。
1 好意同乗減額
好意によって無償で他人を車に乗せていたところ、交通事故を起こしてその同乗者である他人に損害を与えた場合、同乗者は好意で運行の利益を得ておきながら損害の全部を追及するのは公平の見地などからおかしいとして、損害賠償金を減額するような扱いをしていたことがありました。この扱いは、好意同乗(無償同乗)減額と言われていました。
しかし、現在では、無償であっても同乗させた以上は運転者や運行供用者は原則として責任を負うべきで、無償同乗ということだけで減額するべきではないという考え方が有力です。裁判例でも、飲酒運転などを知りながら同乗しており、同乗者に過失相殺かその類推適用が可能といえるような帰責事由がある場合に減額するというようになってきています。
2 好意同乗の減額を否定した裁判例( 東京地方裁判所平成16年7月12日判決(交民37巻4号943頁))
東京地方裁判所平成16年7月12日判決は、自動二輪車が運転者の過失で右折車に衝突して交通事故が生じ、同乗者が死亡した事案です。上記東京地裁平成16年7月12日判決は「事故を惹起した運転者ではないにもかかわらず、過失相殺と同様に発生した損害を割合的に減ずるのが相当とされる好意同乗減額が認められるためには、単に運転者の好意に依拠して同乗したというだけでは足りず、運転者が事故を惹起しかねないような具体的な事情を認識していながら、任意の意思で同乗したことが必要であると解される。」と述べ、結論として好意同乗を否定しました。
3 損害全体からは減額せず慰謝料で考慮した裁判例(東京地方裁判所平成23年3月30日判決(自保ジャーナル1850号43頁))
東京地方裁判所平成23年3月30日判決は、普通自動二輪車に2人乗りをしていたところ、対向右折した車両と衝突して交通事故が生じ、頭部外傷,急性硬膜外血腫,外傷性くも膜下出血,脳挫傷,頭蓋骨骨折等を負って、高次脳機能障害として自賠責後遺障害等級3級3号の後遺障害が残存した事案です。上記東京地裁平成23年3月30日判決は、被害者が事故にあった二輪車の後部座席に同乗していたに過ぎず、過去に何度か事故にあった二輪車に同乗したことがあったとしても、その運行を支配する立場にあったとは認められないし、被害者が事故発生の危険が増大するような状況を現出させたような事情も窺われないとしました。そのうえで、本件事故発生の原因が、主として、二輪車の信号無視という重大な過失にあり、被害者においてそのような無謀な運転を容認していたとは認められないことを考慮すると、被害者が、二人乗りの禁止違反の事実を認識していたとしても、慰謝料の算定の一事情として斟酌することは格別、民法722条2項により減額すべき過失あるいは帰責事由とはいえないとして、減額を否定しました。
ただし、上記東京地裁平成23年3月30日判決は、「慰謝料の算定の一事情として斟酌すること」は否定しておらず、実際に二輪車の運転者が免許を取得して1年未満であったことや二人乗り禁止が分かっていたことを、慰謝料を減額する事情として考慮していますので、厳密には好意同乗減額を肯定した事案といっても良いかもしれません。
4 好意同乗の減額を肯定した裁判例(大阪地方裁判所平成18年1月25日判決(交民39巻1号78頁))
大阪地方裁判所平成18年1月25日判決は、普通乗用自動車が高速道路の本線と流出道路との分岐部設置のクッションドラムに激突して同乗者が死亡したという事案です。上記大阪地裁判決は、死亡した同乗者は運転手に多少の飲酒の可能性があったことを認識していたという限度に止まるものといわざるを得ないが、暴走行為の容認はあったといわざるを得ないこと、シートベルトの装着をしていなかったことなどを総合的に考慮すると、3割5分の過失があったというべきであるとして減額を認めています。
(弁護士中村友彦)