健康志向などもあり、最近は会社への通勤に自転車を毎日利用している人が増えています。しかし、自転車通勤をしている人間を雇っている会社にとっては、交通事故が生じた場合に被害者から損害賠償請求を起こされる可能性がありますので、事前にリスク管理をしておく必要があります。
1 使用者責任
会社は交通事故自体には関与していませんが、民法715条で定める使用者責任が認められた場合には、交通事故を起こした従業員が負う損害賠償債務を負担しなければなりません。民法715条は、使用者が、従業員を使用して利益を上げている以上、その使用によって生じたリスクも負担しなければならない等の趣旨に基づいています。
2 業務執行性
会社に使用者責任が認められるには、使用者の業務執行中であったことが必要ですが、業務執行性の有無については、現実の会社業務そのものではなく、外形から業務執行性があるかで判断されるのが一般的です。加害車両の所有権の帰属、業務の内容、業務との関連性や会社の許容の程度などを総合考慮して判断されます。
(1) 東京地方裁判所平成27年3月9日判決(平成26年(ワ)15934号事件)
東京地裁平成27年3月9日判決は、交通事故で外傷性くも膜下出血等の傷害を負い、高次脳機能障害の後遺障害が残存した事案です。加害者の一人が自転車であり、その勤務先の会社の使用者責任の有無が争われました。上記東京地裁は、交通事故は、会社からの帰宅途中に生じたものであり、会社の事業執行には該当しないとした上で、行為の外形から客観的に見て使用者の事業執行に属すると認められるかを検討するとしました。そして、通勤に利用する自転車を業務にも利用した事実が認められないこと、被用者の自転車通勤を禁止していないが、通勤手段にかかわらず月額9000円の交通費を支給しており、自転車の利用が不可欠であるとも認めらないことから、会社にとって、被用者の自転車通勤は、被用者が、自己の便宜と嗜好によって自由に選択した交通手段であり、私的活動範囲において私物を利用しているに過ぎないと述べ、会社の事業の執行行為とは何ら関係がなく、自転車の走行を外形から客観的に見ても、使用者の事業執行に属するとは認められないと判断し、使用者責任を否定しました。
(2) 東京地方裁判所平成25年8月6日判決(交民46巻4号1051頁)
東京地裁平成25年8月6日判決は、自転車による書類や小荷物の配送(いわゆる自転車便)等を業とする株式会社の自転車便の運転手が、交通事故を起こして、被害者が頭部外傷,頭蓋底骨骨折,前頭葉脳挫傷,びまん性脳損傷,急性硬膜下血腫等の傷害を負い、高次脳機能障害(労災で1級認定)が残存した事案です。会社の使用者責任の有無について争われました。
上記東京地裁判決は、自転車便の運転手として稼働を開始するに当たり、業務に必要不可欠な無線機を借り受けるため、会社の事務所に赴く途中で発生したものであるところ、会社は、運転手が自ら用意した自転車を使用して自転車便の運転手として稼働することを容認し、被告の事務所との往復に際して当該自転車を使用することも黙認していたことが認められるとし、また、運転手が当該自転車を購入した後、会社において自転車便に使用する自転車を用意することがなくなった上、自転車の整備等に関して適宜の便宜を図っていたものであるから、会社は、運転手の当該自転車の使用により利益を享受していたものと認められるとしました。そして、このような事実関係の下においては、交通事故は、会社の事業の執行中に発生したものと認めるのが相当であるとし、使用者責任を肯定しました。
(弁護士中村友彦)