腸骨の採取による後遺障害

  交通事故で負傷した場合に、治療の一貫として骨盤を構成する腸骨から採取した骨片を骨欠損部に補填したりや、骨癒合促進のために移植することがあります。腸骨を使用するのは、他の部位の骨を採取すると運動機能等に多大な支障が出る可能性が高いのに対し、腸骨は大きく、一部を採取しても比較的運動機能等に影響が出にくいためです。

 しかし、腸骨を採取した結果後遺障害が残存することもあり、逸失利益の算定などで争いが生じることがあります。

1 腸骨  

  骨盤を形作る左右の寛骨の上部を占めており、骨盤の中で最も大きい骨のことです。腸骨は、体を支え、骨盤内の大腸等の器官を保護する役割があります。腹腔内の腸を乗せるという意味でこの名がついているとされています。交通事故の骨折の治療のために採取されて移植されたりすることがありますが、交通事故の以外でもインプラントの際に使用されることもあります。

2 後遺障害

  交通事故の治療のために腸骨を採取することで骨の形が変わる等して、後遺障害が残存することがあります。

    まず、腸骨は、骨盤骨を構成していますので、採取の程度によっては骨盤骨の著しい変形として、自賠責後遺障害等級12級5号と該当することがあ  ります。

   また、採骨術は、健常な身体への侵襲を伴い、術後、痛み等が残存することがありますので、神経症状として後遺障害の対象となることがありえま  す。

3 逸失利益の問題

  腸骨採取はそもそも医療行為の一貫として行われ、身体に影響が残らないように配慮して行われているものであるため、骨盤骨の変形が後遺障害として残存しただけの場合には、労働能力の喪失が否定されることが多いです。ただし、労働能力の喪失が否定されたとしても、慰謝料で考慮されることはあります(慰謝料の増額もありますが、労働能力の喪失が否定されたうえ、減額されることもあります)

(1)大阪地方裁判所平成7年3月24日判決(交民28巻2号474頁)

 大阪地方裁判所平成7年3月24日判決は、交通事故で腸骨採取による移植術が行われ、最終的に脊柱の変形と骨盤骨の変形の後遺障害が残存し、併合10級とされた事案です。上記大阪地裁は、骨盤骨の変形は労働能力には直接影響があるとは認められないと述べ、労働能力喪失率を20%としています(自賠責後遺障害11級と同様)。

(2)大阪地方裁判所平成18年7月31日判決(交民39巻4号1129頁)

 大阪地方裁判所平成18年7月31日判決は、交通事故で左下腿骨折及び左脛骨高原骨折に伴う神経症状、左脛骨高原骨折観血手術の際の骨移植のための腸骨の採骨による骨盤骨の著しい変形が残存し、自賠責保険で併合11級とされた事案です。上記大阪地裁は、交通事故により11級に該当する後遺障害を負ったけれど、その後遺障害のうちには神経症状が含まれ、また、骨移植のための腸骨からの採骨が労働能力喪失に及ぼす影響は限定的であると考えられることから、労働能力喪失率を15%としています。

 

 腸骨の採取による骨盤骨の変形は、痛み等がなければ後遺障害の申請を忘れている人がいると思います。裁判で労働能力の喪失が否定されたとしても、自賠責保険では後遺障害の認定がされるのですから、忘れずに後遺障害の申請をしなくてはいけません。

 

(弁護士中村友彦)

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