交通事故にあい、死亡したり、後遺障害が残存してしまった場合には逸失利益が損害となりますが、その逸失利益の計算において、役員報酬では、労務対価性の部分と労務対価性以外の部分が考えられることから問題になります。労務対価性があるかどうかは、会社の規模、役員の地位、職務内容、年齢等の様々な事情を総合考慮して、個別具体的に判断されます。
1 名目的取締役
名目的取締役とは、株主総会で選任されて正式な取締役であるにもかかわらず、会社との間で取締役としての仕事をしなくてよい旨の合意がなされているなどして、現実には取締役としての仕事を行っていない、名前だけの取締役のことです。
名目的取締役の場合、現実には稼働していませんが、役員の地位にあることのみで役員報酬の支給を受けていますので、労務対価部分が存在しないといえます。そのため、一般的には逸失利益は発生しないと考えられています。
2 名目的取締役の逸失利益に関する裁判例
(1) 大阪地方裁判所昭和54年4月24日判決(交民12巻2号534頁)
大阪地方裁判所昭和54年4月24日判決は、建設会社の非常勤取締役であった女性が自転車を運転していたところ、交通事故にあい、頭蓋底骨折等を負い死亡した事案です。上記大阪地裁は、交通事故の被害者が、名目的な役員にすぎないとし、役員報酬月18万円全額について労働の対価とは評価できないとして逸失利益を否定しました。
但し、兼業主婦として、賃金センサスを用いて逸失利益を算定しています。
(2) 山口地方裁判所昭和55年2月28日判決(交民13巻1号274頁)
山口地方裁判所昭和55年2月28日判決は、交通事故の被害者が、頭蓋底骨折、脳挫傷等の傷害を負い死亡した事案です。監査役としての報酬が逸失利益の対象になるかが争われました。
上記山口地裁は、生前交通事故の被害者の夫が代表取締役をしている建設会社の監査役の地位にあった交通事故の被害者の役員報酬について、上記会社がいわゆる同族会社であること、被害者が名目的な役員にすぎず、実際に監査役の業務を担当していなかったことや、被害者が亡くなった後は子供であり原告の一人である者が監査役となつたことを認定して、「その報酬は労働の対価としての実質をもたず逸失利益として評価できないので、原告らの主張は失当である。」と判断しました。
但し、農業を行ったり、家事に従事していたとして、兼業主婦として賃金センサスを用いて逸失利益を計算しています。
(弁護士中村友彦)