交通事故の損害の中に休業損害や後遺障害逸失利益がありますが、会社員や事業者のように具体的な金額の収入をあげている人以外でも認められることがあります。そして、そのような具体的な金額の収入以外に、損害として算定されるものに家事労働があります。
1 家事労働の評価
家事労働は、現実収入が発生しているというわけではないのがほとんどですが、損害賠償実務においては、家事労働は財産的価値を有するものとして扱われています。かつては、家事労働自体が現実収入を発生させるわけではなく、かつ、交通事故によって収入の具体的な減少が生じているわけでもありませんので、休業損害や逸失利益は否定されていました。しかし、以下の2つの最高裁判例により、家事労働について休業損害や逸失利益が認められる流れになりました。
(1)最高裁判所昭和49年7月19日判決(交民7巻4号960頁)
最高裁判所昭和49年7月19日判決は、交通事故で死亡した7歳の女の子の逸失利益について争われた事案です。原審は約34万円であると判断していましたが、上記最高裁判決は、以下のように述べて、家事労働の逸失利益を認めました。
「結婚して家事に専念する妻は、その従事する家事労働によって現実に金銭収入を得ることはないが、家事労働に属する多くの労働は、労働社会において金銭的に評価されうるものであり、これを他人に依頼すれば当然相当の対価を支払わなければならないのであるから、妻は、自ら家事労働に従事することにより、財産上の利益を挙げているのである。一般に、妻がその家事労働につき現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情によるものというべきであるから、対価が支払われないことを理由として、妻の家事労働が財産上の利益を生じないということはできない。のみならず、法律上も、妻の家計支出の節減等によって蓄積された財産は、離婚の際の財産分与又は夫の死亡の際の相続によって、妻に還元されるのである。
かように、妻の家事労働は財産上の利益を生ずるものというべきであり、これを金銭的に評価することも不可能ということはできない。ただ、具体的事案において金銭的に評価することが困難な場合が少なくないことは予想されうるところであるが、かかる場合には、現在の社会情勢等にかんがみ、家事労働に専念する妻は、平均的労働不能年令に達するまで、女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが適当である。」
(2)最高裁判所昭和50年7月8日判決(交民8巻4号905頁)
最高裁判所昭和50年7月8日判決は、交通事故の被害者が主婦であり、怪我及び治療により家事ができなかったとして、休業損害が争われた事案です。上記最高裁判決は、妻の家事労働が財産上の利益を生ずるものであり、これを金銭的に評価することが不可能といえないことは、当裁判所(昭和49年7月19日第二小法廷判決・民集28巻5号872頁)の示すとおりである。これと同旨の見解に立って、被上告人が本件事故による負傷のため家事労働に従事することができなかった期間について財産上の損害を被ったのとした原審の判断は、正当として是認することができ」として、主婦の休業損害を認めました。
2 一人暮らしの者の家事労働
交通事故の損害として休業損害や逸失利益が認められるのは、他人のための家事労働であることが必要です。一人暮らしで、自分のための家事労働しか行っていない場合には休業損害や逸失利益は認められません。
しかし、住所地で一人で暮らしていたとしても、近くにすむ親族の世話をしていたり、別居している親の介護を行っている場合には、家事労働の内容によっては、他人のための家事労働を行っているとして、休業損害や逸失利益が肯定されることがあります。
(1)東京高等裁判所平成15年10月30日判決(判時1846号20頁)
東京高等裁判所平成15年10月30日判決は、交通事故により、一人暮らしの女性(事故時78歳、症状固定時80歳)に併合2級の後遺障害が残存した事案です。上記東京高裁判決は、「本件事故当時家事労働に従事していたことが認められるから(なお、一審原告X1は、本件事故当時、夫と死別して一人暮らしをしていたものであるが、自分の生活を維持するための家事労働に従事することができなくなった場合においても、それによる損害を休業損害と評価するのが相当である。)」として、珍しい判断をしました(同様に逸失利益も認めています)。この事案は上告されましたが、棄却されています。
(2)大阪地方裁判所平成20年8月26日判決(交民41巻4号1032頁)
大阪地方裁判所平成20年8月26日判決は、歩行者と自動車の死亡事故で、被害者が80歳の女性であった事案です。上記大阪地裁は、「本件事故当時、単身で生活していたが、日中は長女である原告X2の自宅に赴き、家事に従事していたことが窺われる(甲二二、弁論の全趣旨)から、休業損害が生じていると認めるのが相当である。」として、65歳以上の女性の平均賃金の30%を基礎に休業損害を認めました。また逸失利益についても同様に認めています。
(弁護士中村友彦)