交通事故の内容や被害の程度によっては、損害賠償金が多額になりますが、被害者が生活保護を受給している場合、被害者は生活に必要なお金を国から支給を受けていますので、損害が填補されたとして、交通事故の損害賠償金を受給できないのではないか、受給できたとしても生活保護費を控除しないといけないのではないかという相談を受けることがあります。結論としましては、生活保護を受けていることによる保護費の返還等の問題はありますが、生活保護を受給していても交通事故の損害賠償請求権はありますし、受給した生活保護費が損害額から控除されることはありません。
1 損益相殺
交通事故の被害者が事故を原因として、一定の利益を受けた場合、その金額分を損害賠償金から控除するというのが損益相殺です。労災保険法で規定されている保険給付などがこれに当たります。生活保護の場合、被害者は損害賠償請求権という資産があると考え、本来は生活保護の支給の対象ではないが、窮状を救うための仮の支給として、被害者が後日損害賠償金を受領した場合に返還するという処理がされていますので、損益相殺は否定されています。
2 最高裁判所昭和46年6月29日判決(民集25巻4号650頁)
最高裁判所昭和46年6月29日判決は、生活保護の受給額について損害を否定した原審の判決を破棄し、「同法六三条は、同法四条一項にいう要保護者に利用しうる資産等の資力があるにかかわらず、保護の必要が急迫しているため、その資力を現実に活用することができない等の理由で同条三項により保護を受けた保護受給者がその資力を現実に活用することができる状態になった場合の費用返還義務を定めたものであるから、交通事故による被害者は、加害者に対して損害賠償請求権を有するとしても、加害者との間において損害賠償の責任や範囲等について争いがあり、賠償を直ちに受けることができない場合には、他に現実に利用しうる資力かないかぎり、傷病の治療等の保護の必要があるときは、同法四条三項により、利用し得る資産はあるが急迫した事由がある場合に該当するとして、例外的に保護を受けることができるのであり、必ずしも本来的な保護受給資格を有するものではない。それゆえ、このような保護受給者は、のちに損害賠償の責任範囲等について争いがやみ賠償を受けることができるに至つたときは、その資力を現実に活用することができる状態になったのであるから、同法六三条により費用返還義務が課せられるべきものと解するを相当とする。」と述べて、損益相殺を否定する判断を行いました。
3 生活保護受給中の治療費
生活保護受給中に交通事故に遭い負傷をした場合、交通事故による負傷の治療費は、加害者側の保険会社が支払ってくれるため、医療扶助の対象とならない扱いにしていることが多いと思います。しかし、この場合、交通事故の治療費が自由診療の扱いとなってしまい、治療費が高額となり、被害者にも相当程度の過失がある場合などには問題があります。治療費を抑えるために健康保険を使用しようにも、生活保護の受給中は健康保険を使用できません。このような場合、市役所と交渉して、交通事故による負傷の治療費も医療扶助の対象としてもらい、市から加害者側の保険会社に求償してもらうようにすることが考えられます。
4 生活保護費の返還
生活保護法63条では、「被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」として、費用の返還義務の規定を置いています。そのため、交通事故の損害賠償金を受け取った場合、市側へ支給された生活保護費に相当する分の範囲内の金額を返還しなければならないことになります。
(弁護士中村友彦)