会社役員の報酬については、交通事故の損害の示談交渉の際、保険会社は休業損害の発生を認めてくれないことが多いですが、裁判上では労務提供の対価部分は休業損害として認容される可能性があります。ただ、小規模会社の役員の場合には、自賠責保険が休業損害を認めてくれることがありますので、被害者請求を使用して休業損害の認定を受けた後、示談交渉を行えば、円滑に話がすすむことがあります。
1 労務提供部分と利益配当部分
会社役員の報酬は、労務提供の対価部分と、労務対価性を有しない利益配当部分で構成されていることが多く、労務提供部分の対価部分のみが交通事故の損害の算定の基礎とされているところです。どの部分が、労務提供対価部分であるかは、会社の規模・利益状況・役員の地位・職務内容・年齢・役員報酬の額・他の役員や従業員の職務内容の報酬、給料の額等が判断要素とされます。
2 自賠責保険の取り扱い
自賠責保険は、小規模会社の役員の場合には、休業損害を認定してくれることがあります。小規模会社では、法人化されているだけで実質的に個人事業と変わらない会社が多いにもかかわらず、個人事業者と別に扱う理由はありませんので、当然とも言えます。
休業損害の認定のためには、交通事故の被害者請求で提出が必要な基本資料に加え、自賠責保険に休業損害証明書や決算書等の資料を提出する必要があります。弊所の取り扱った案件でも、従業員3人の小規模会社でしたが、交通事故の加害者側の保険会社と相談し、休業損害について被害者請求を先行させたところ、通院日数×5700円で算定されたものがあります。
3 裁判例
(1) 大阪地方裁判所平成13年10月11日判決(交民34巻5号1372頁)
大阪地方裁判所平成13年10月11日判決は、交通事故で、脳挫傷、硬膜下血腫、外傷性くも膜下血腫・全身打撲等の傷害を負った事案であり、役員の休業損害が問題となりました。上記大阪地裁は「会社役員ではあったが、特種車両の設計・製作技術者として高度な能力を有していたものであり、前記会社には同原告の労務を代替しうる社員はおらず、同原告はもっぱら設計・製作の実務を担当していたものであることが認められるから、その所得はすべて労務提供に対する対価と見るのが相当である。」として、全てを労務提供部分として休業損害を算定しました。
(2) 東京地方裁判所平成11年10月20日判決(交民32巻5号1579頁)
東京地方裁判所平成11年10月20日判決は、追突の交通事故で、頸椎捻挫や腰椎捻挫を負った事案であり、役員の休業損害が問題となりました。上記東京地裁は、「役員報酬の相当程度は労務の対価であると推認できる。しかし、原告会社は、本件事故当時は営業損失を出していたこと、それにもかかわらず、少なくとも年間1200万円の役員報酬が支払われていたこと、平成5年男子賃金センサス旧中・新高卒の60歳から64歳の平均賃金は年間428万2200円であり、この世代の旧大・新大卒男子の平均賃金でも年間732万4900円であったこと(当裁判所に顕著)に加え、原告X2の役員報酬や従業員の賃金との比較を併せて考えると、役員報酬の7割である年間840万円を労務の対価分とするのが相当である。」として、役員報酬の7割を労務提供部分として休業損害を算定しました。
(弁護士中村友彦)