交通事故後の誤嚥性肺炎等による死亡

 交通事故の直後に死亡したり、治療の甲斐なく数日後に死亡といった場合には、死亡事故として通常扱われ、争いになることは基本的にありません。しかし、問題となるのが、交通事故により入院や寝たきりの状態になり、体力の低下が起こり、特に高齢者等の元々体力が低い人が、誤嚥性肺炎等を起こして亡くなられたような場合です。死亡事故として扱ってよいのか、死亡事故ではなく、交通事故により重い後遺障害が残存した後、交通事故とは関係ない事情で亡くなったと扱かってよいかです。事案によっては、死亡事故ではなく、重い後遺障害の事案として扱った方が損害賠償額が大きくなることがありますので、注意が必要です。

1 誤嚥性肺炎

  他の病気の場合もありますが、高齢者の場合、交通事故で入院中に誤嚥性肺炎で死亡し、因果関係が問題となることがあります。高齢になると嚥下機能が低下し、嚥下障害が生じやすくなり、嚥下障害から肺炎を引き起こして死亡に至るのです。裁判例では、かなり期間が経過していても認めるものがあります。

(1)東京地方裁判所平成22年2月12日判決(判例タイムズ1343号167頁)

 東京地方裁判所平成22年2月12日判決は、交通事故により頸髄損傷等を負い、後遺障害1級となりましたが、事故から6年後に嚥下性肺炎により死亡し、死亡と交通事故 との因果関係が争われました。被害者側は、死亡と因果関係はないとして、生活費控除すべきではないと主張していました。

 上記東京地裁判決は、「誤嚥性肺炎により死亡したが,本件事故によって生じた脊髄損傷によって、自分で腹筋や胸筋等の筋肉を動かすことができず、筋力の低下もあることから、誤嚥し易い上、誤嚥をしたものをはき出す力が極端に落ちているため、食事の際にむせて窒息するおそれがあり、原告らも終始これに注意を払ってきたこと、Aの死亡診断書によっても、死因となった誤嚥性肺炎は脊髄損傷が原因であるとされていることが認められるところ、退院後6年間上記のような状態の中で生活を続けていたことを考慮しても、Aの誤嚥性肺炎が本件事故によって生じた脊髄損傷の後遺障害以外に原因があるとの蓋然性を肯定することのできるような事情がない限り、後遺障害が誤嚥性肺炎の原因となっているということができる。そして、本件では、かかる事情は認められないから、Aの誤嚥性肺炎は後遺障害によるものといえ、結局のところ、Aの死亡と本件事故との間にも相当因果関係があるというべきである。」として、交通事故から6年経過しての誤嚥性肺炎による死亡に交通事故との因果関係を認めました。

(2)大阪地方裁判所平成30年1月12日判決(平成28年(ワ)第165号)

 大阪地裁地方裁判所平成30年1月12日判決は、交通事故により頸髄損傷を負い、後遺障害1級となった後、事故から1年半後に、誤嚥性肺炎等を発症し死亡した事案です。

 上記大阪地裁は、「本件事故により、第5、第6頸椎椎間頸髄損傷の傷害を負い、それにより右上肢に不全麻痺、左上肢及び両下肢に完全麻痺が見られ、その後のリハビリによって、右上肢に幾分かの回復が見られたものの、左上肢及び両下肢の麻痺については改善が見られないために、長期の入院生活を余儀なくされ、長期臥床による褥瘡が多発したほか、誤嚥性肺炎を発症するなどして全身状態が悪化して死亡に至ったものであり、これらの経過は、一連の因果の流れと評価するのが相当である。したがって,亡Aは,平成27年2月4日に症状固定の診断を受けてはいるものの、亡Aの死亡は、本件事故によるものであると認めるのが相当である。」として、症状固定後の誤嚥性肺炎等による死亡と交通事故との因果関係を認めています。

2 死亡事故か重度後遺障害事案か

  死亡事故の方が損害額が大きいのではないかと、普通の人は考えるかもしれませんが、事案によっては、重度後遺障害として請求した方が損害額が大きくなることがあります。

(1) 慰謝料

 死亡の慰謝料は、亡くなった方の立場等の事情により変わりますが、2000万円~2800万円程度です。一方で後遺障害1級では2800円万円程度ですので、事案によっては重度後遺障害の方が金額が高くなります。

(2) 生活費控除

 死亡したり、後遺障害が残存したりした場合、将来の働けなくなった分の損害が逸失利益として認められます。この逸失利益の計算が、死亡と重度後遺障害の場合に、生活費を控除するかどうかで異なるので、金額の違いがでることになります。死亡した場合、将来100%働けなくなっていますが、支出するはずだった生活費の負担がなくなったとして、生活費控除(事案により異なりますが30%~50%。50%よりも多くなる場合もあります)をします。

 一方で重度後遺障害の場合、後遺障害1級の場合、死亡事故と同じく将来100%働けなくなったと考えますが、生きていくために生活費は必要ですから生活費控除をすることはありません。

(3) 葬儀費用

 葬儀費用は、当然ですが死亡事故の場合には認められますが、重度後遺障害の場合には認められません。

 

 感情論としては結果的に死亡したのだから、死亡事故として請求したいと考え、加害者側も死亡事故として扱った方が支払額が少なくなるとして死亡事故に応じていることもあると思われます。ただ、損害を計算して比較すると、金額に差異が出ることがありますので、安易に死亡事故として処理をするのは疑問です。

 

(弁護士中村友彦)

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