交通事故と自動車が損傷を受けた場合、損傷箇所を修理した後、塗装が施されることが多いですが、塗装の範囲が問題になることがあります。自動車の塗装の目的は、車体の保護、車体の美観や車体の商品性などのためにあると考えられていますが、通常の場合、主に移動手段としての自動車は、修理個所のみの部分塗装を行えば上記目的を達することができると考えられています。しかし、損傷を受けた自動車によっては、部分塗装では、塗装部分とそれ以外の部分が分かってしまうので、美観が大きく損なわれてしまったり、価値が低下する可能性があり、交通事故の被害者としては納得できず争いになることがあります。
1 原則は部分塗装
部分塗装により、多少色等の違いが出たとしても、自動車の塗装の目的は達することができるなどとして、裁判では部分塗装までしか認めてもらえないことが大半だと思います。そのため、裁判所の傾向としては、原則部分塗装と言えると思います。
部分塗装でされる理由付けとしては、塗装技術の向上により、部分塗装でも外観が損なわれにくくなっていることや、全塗装にすると費用が高額になったり、全塗装により、むしろ交通事故の被害車両の価値が事故前より上がり、被害者が得をすることなどがあげられます。
2 例外的に全塗装が認められる可能性
現在の塗装技術をもってしても、特殊な塗装技術のために、部分塗装では外観が明らかに損なわれたり、車体が高額であり、車体の価値に外観も大きく意味を持っている場合などの場合には例外的に全塗装が交通事故の損害として認められる可能性があります。
(1) 岡山地方裁判所津山支部判決(交民28巻1号155頁)
高額のスポーツカータイプの車両等を理由として、全塗装が認められています。
(2) 神戸地方裁判所平成13年3月21日判決(交民34巻2号405頁)
メルセデスベンツ五〇〇SLのオープンカーという高級車の事案ですが、「本件車両は、特殊塗装のため破損箇所だけの部分塗装では色合わせが困難であり、機能的には部分塗装で十分であるとしても、部分塗装であれば部分塗装したこと、すなわち事故車であることが時とともに一目瞭然となり、車両価値がそれだけ低下することが認められるから、全塗装が必要であると認めるのが相当である。」として、全塗装が認められています。
(3) 東京地方裁判所平成元年7月11日判決(交民22巻4号825頁)
ポルシェの事案ですが、「本件事故によってバッテリー液か本件自動車の広範囲な部位にわたって飛散し、バッテリー液による塗装と下地の腐食を防ぐために補修塗装の必要かあったにもかかわらず、どの範囲でバッテリー液が飛散したのか明確でなかったというのであるから、原告が、車体の保護等のため本件自動車に対する修理方法として全塗装を選択したことには合理性があるものというべき」として、全塗装が認められています。
原則、部分塗装しか認めてもらえないとはいえ、例外的に全塗装として扱われるか自体が争われた裁判例は多いとは言えないと思います。全塗装かが問題になる事案では、示談交渉段階で、工夫した解決がされていることが多く、訴訟までいくことが少ないところもあると思います。
(弁護士中村友彦)