交通事故で死亡又は後遺障害が残存した場合、死亡・後遺障害逸失利益が認められ、交通事故当時の基礎収入を基準に算定されることになります。しかし、交通事故にあった時に、必ずしも被害者が就労しているとは限らず、無職・失業の事情がある場合があります。交通事故の時点で、たまたま無職者であるからといって、全く死亡・後遺障害の逸失利益が認められないとするのは不合理ですから、原則的には逸失利益は肯定されることになります。そこで、このような無職者の死亡・後遺障害の逸失利益をどのように評価するのかが問題になります。
1 逸失利益が肯定される場合
労働能力及び労働意欲があり、就労の蓋然性があるものは認められます。但し、就労の蓋然性は立証は難しく、立証できても基礎収入を平均賃金の何割という形で認められることなどが多いです。また、今後の稼働による収入が肯定できないようなケースでは、逸失利益は否定されます。
2 基礎収入の算定
基礎収入の算定にあたっては、失職前の収入実績、賃金センサスの平均賃金額、年齢、経歴、資格等を考慮して算定されます。
3 東京地裁平成13年9月25日判決(交民34巻5号1315頁)
東京地裁平成13年9月25日判決では、交通事故により死亡した72歳の女性の無職者の逸失利益算定に際し、就労可能な8年間については、賃金センサス企業規模計中卒65歳以上の女性労働者の年収及び公的年金を基礎収入として生活費を30パーセント控除し、また就労可能年齢を超えた後、平均余命までの8年間は公的年金のみが収入になるから、生活費については60パーセントを控除するものとしました。
上記東京地裁判決は、交通事故前は、72歳で健康であったこと、過去に電気部品の店員や洋服店の店員していたこと、交通事故の2ヶ月間まで、中華料理店でパートタイマーをしていたこと、他の者と同居する予定であったことといった、年齢、学歴、生活状況及びこれまでの就労実績等を考慮して逸失利益を算定しました。
4 千葉地裁昭和62年8月7日判決(交民20巻4号1018頁)
千葉地裁昭和62年8月7日判決では、交通事故当時は満33歳の独身であったこと、電気工事会社を退職して無職の状態であつたこと、精神分裂病に罹患し、幻聴があり、被害的、不安が強くなるなどの症状が出たため、過去に入院して治療を受けていたこと、その後は交通事故直前まで通院治療を受けており、この間は疲れやすく臥床勝ちとなる状態と家事の手伝いができる安定した状態を繰り返していたことなどを考慮して基礎収入を算定しました。
具体的には、統計資料による平均賃金を基準とするのが相当であるが、平均的賃金をそのまま得られたものと推認するのは相当でなく、交通事故直前には入院治療を要していなかったことを考慮しても、公刊されている昭和60年賃金センサス第一巻、第一表、男子労働者、産業計、企業規模計、学歴計33歳の年間平均賃金額(賞与を含む)の約9割の収入を得るに止まるものと推認するのが相当としました。
(弁護士中村友彦)