交通事故で傷害を負えば、その治療費は通常の場合、加害者が加入している保険会社が支払います。しかし、どんな治療でも無制限に交通事故の損害と認められるわけではありませんので、治療の内容によっては保険会社が不要だとして治療費を支払ってくれなかったり、訴訟になっても損害と認定されないことがあります。交通事故の損害として認められるか問題となる治療として、歯の治療の一種である歯科インプラント治療があります。
1 歯科インプラント
一般的にインプラントとは歯をイメージしがちですが、本来は体内に埋め込む医療機器や材料についての総称であり、心臓ペースメーカーなども含まれます。インプラントのうち、歯についてのものを歯科インプラントと言われることが多いです。
歯科インプラントとは、歯がなくなってしまったところに、歯根として金属製の支柱を埋め込み、それを土台として、義歯を付ける治療のことです。
2 交通事故で歯科インプラントが必要になるケース
重大な交通事故の場合、歯が欠けるなどして必要になることがあるでしょうし、当事務所が相談を受けたケースですが、交通事故の衝撃で車内に顔をぶつけたことで、歯が欠けてしまい、歯科インプラントが必要になったというケースがありました。
3 歯科インプラントの治療費
平成24年4月に厚生労働省が先進医療から外したことで、健康保険の適用対象になりました。しかし、すべてのケースで使えるわけではなく、外傷の内容、病院であることや歯科インプラントを行うことになった事情などの要件があり、限定されています。交通事故の場合の歯科インプラント治療に健康保険が適用になるかについても具体的なケースによるでしょう。
(1)病院と診療所
歯科インプラントで保険の対象になるかの厳しい要件として、病院で行うことがあります。病院か診療所かは、ベットの数により異なります。ベットの数が20以上で「病院」、ベットの数が19以下で「診療所」(クリニックや医院という名称が使われていることが多いです)となります。
(2)金額
健康保険の適用がなければ、自由診療になりますので、通常高額になります。金額については、区々ですが、一本あたり30万円になったりすることもあります。
4 歯科インプラントに関する裁判例
歯科インプラントの治療費は一般的に高額になり、ケースによっては数百万になったりすることもあります。加害者側の保険会社も、必要性がないとして治療費の支払いを拒み争いになることもあり、裁判例もいくつかあります。
(1)大阪地裁平成19年12月10日判決(交民 40巻6号1589頁)
大阪地裁平成19年12月10日判決の事案は、歯牙の一部が欠損し、インプラント治療を行い、その治療費が交通事故の損害となるかが問題となった事案です。加害者側は、被害者が四肢麻痺になっていることや、インプラント治療ではなくブリッジによる治療を行えば十分であることなどを主張しました。
それに対して、上記大阪地裁判決は、①インプラント②可撤性部分床義歯③ブリッジの3つの方法を比較検討したうえで、インプラントが最適であるとして、今後支出が見込まれる金額を含めて合計81万8680円を交通事故の損害と認めました。
①可撤性部分床義歯とは
⇒取り外し式の部分入れ歯のことです。
②ブリッジとは
⇒両隣の歯を削って土台を作って、橋渡しをするように人工の歯を入れ、欠損部分を補うことです。
(2)東京地裁平成22年7月22日判決(交民 43巻4号911頁)
東京地裁平成22年7月22日判決は、交通事故により8本の歯が欠損し、インプラントの治療の要否、その費用が損害と認められるか問題となった事案です。上記東京地裁は、交通事故による8歯欠損の治療方法としては原告が20歳ころにインプラント治療をするのが相当として、460万4254円を損害として認めました。
なお、この東京地裁の判決の事案は、症状固定が19歳でしたので、インプラントの治療費について、症状固定後の将来治療費として中間利息を控除しました(控除前は559万6500円の認定です)。(弁護士中村友彦)
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②交通事故によって歯がなくなったり欠けたりした場合の後遺障害(歯牙障害)