交通事故で脊髄損傷など重大な傷害を負った場合、下半身が不随になるなどして車椅子を利用せざるをえないときがあります。このような場合、身体機能の補完に必要があるとして、車椅子の購入費用や買替費用が、交通事故の損害賠償の対象となります。
1 車椅子の購入費用
車椅子には、自走用標準型、介助用標準型、電動型といった種類がありますが、重度の後遺障害が残存した場合には、車椅子が移動のために必要となります。重度の後遺障害事案の場合、自分では歩けませんので、車椅子が身体の機能の補完のために必要であることはそれほど問題にはなりませんが、車椅子には機能や価格に様々な種類のものがありますので、交通事故後に使用する車椅子の種類の必要性や価格の相当性が争われることがあります。
2 買替費用
車椅子は耐用年数がありますので、将来交換の必要が見込まれるものなどがあります。一般的に将来の買替費用も交通事故の損害として認められますが、将来費用を現段階で受け取ることになり、利息の点で得をすることから、中間利息を原則として控除します。
中間利息の控除について、車椅子ではないですが、義眼の買替費用に関して中間利息の控除を認めなかった裁判例(名古屋高等裁判所平成4年6月18日判例タイムズ800号225頁)もありますけれど、あくまで例外的な事案として扱われています。
3 損益相殺について
車椅子は公的補助で支給されることが多いですので、損害から控除すべきである旨の主張がされることがあります。しかし、社会保障の性質を有する給付であり、損害の填補を目的とされていないことなどから、裁判例は損益相殺を認めず、損害額からの控除を否定しています。
例えば、交通事故により意識障害、四肢麻痺等の後遺障害(等級1級)を残した被害者の車椅子購入費用の損益相殺が争われた大阪地方裁判所平成12年7月24日判決(交民33巻4号1213頁)では、身体障害者福祉法に基づく給付は、損害を填補する趣旨で支給されるものではないから、損益相殺の対象とすることはできないとしています。
4 車椅子に関する裁判例
車椅子に関しては、買替にかかわる車椅子の耐用年数などの論点があります。
(1) 東京地方裁判所平成21年10月2日判決(自保ジャーナル 1816号35頁)
東京地方裁判所平成21年10月2日判決は、胸椎脱臼骨折、胸髄損傷、脳挫傷等の傷害を負い、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,常に介護を要するものに該当するとして自賠責後遺障害等級第1級1号に該当するとの認定を受けた事案です。
外傷性胸髄損傷及び頭部外傷の後遺障害により歩行することができないため、日常生活において車椅子が必要不可欠であるが、車椅子で生活する場合、室内用及び屋外用の2台の車椅子を使用する必要があると認められるとし、その購入費用(2台分)は134万6030円であり、車椅子の耐用年数は5年程度であるから、平均余命約49年の間に9回(5年後、10年後、15年後、20年後、25年後、30年後、35年後、40年後、45年後)、車椅子を買い替えることになるとして、車椅子の買替費用は432万9101円を交通事故の損害と認めました。
さらに、車椅子は適宜の修理が必要になるとして、1年間に必要な車椅子の修理費用を8万円と認定し、症状固定時からの平均余命約49年(ライプニッツ係数18.1687)の間に必要となる車椅子の修理費用145万3496円を認めました。
(2) 大阪地方裁判所平成27年4月22日判決
大阪地方裁判所平成27年4月22日判決は、交通事故で、右脛骨高原骨折、右膝蓋骨骨折、右腓骨近位端骨折、左足関節外果骨折、左足関節内果骨折、左距骨骨折、左ベネット骨折、カウザルギー、RSD等の傷害を負い、後遺障害併合5級が認定された事案です。
車椅子を複数購入していることに関して、上記大阪地裁は、「手動式車いすのほかに、その後電動式車いすを購入しているが、使用場所や用途に応じて双方の車いすを使い分ける必要性は否定し難いことから、電動式車いす費用と併せて手動式車いす費用を本件事故による損害として認めることとする。」としています。そして、車椅子の耐用年数を6年として、手動式車椅子の購入費約37万円と電動式車椅子の購入費約132万円を損害と認めました。
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(弁護士中村友彦)